二度目の居眠り運転で大型トラックに追突
そんな営業が面白くて夜昼関係なく御客様の所におじゃましていました。
ところが本当に恥ずかしい話ですが、営業担当になった三年目の夏にも、青梅街道で居眠り運転をして、
また停車中の四トントラックに追突してしまったのです。
その時は、前にボンネットも何も無い運転席の前がすぐフロントガラスのタウンエースに乗っていました。
居眠りして追突する瞬間に、不思議な事に何故か無意識にハンドルをわずかですが、右側に切っていました。
この時も全然ブレーキをかけないまま追突したのですから、その衝撃は大きく、
ぶつかった瞬間にフロントガラスが割れて私は頭から血を流していました。
それでも意識は、はっきりしていたので、
その時ふと助手席を見たら助手席のフロントが助手席まで張り付くようにつぶされ
フロントガラスも割れてまったくなくなっていました。
もし、ほんの少しでも右にハンドルを切らなかったら多分即死していただろうと思いました。
その時背筋がゾーッとして、自分には守ってくれている守護神のような人がいるんじゃないかと思ってしまう程でした。
その時は、車から自力で降りて追突したトラックの運転手さんに謝り、その後に警察に電話をして、
会社の店長にも連絡して脇の歩道で血を拭きながら待っていました。
トラックの運転手さんも私が血を流しているので怒るどころか逆に心配してくれました。
最初に救急車が来て私を病院に連れて行ってくれました。
すぐ処置室に連れて行かれ検査をして頭の切れたところを縫ってくれました。
その時は、ちょうど「東京サミット」の開催の日でした。
事故の後、店長とトラックの運転手さんに改めてお詫びに行きました。
その帰りに、店長が私に教えてくれました。
「武田、武田が一生懸命、やってんのは良くわかるんやけどなぁ。
こんな事故を起こしたらあかんねん。
商売は“あきない”といってなぁ。毎日無理せずあきないでコツコツ積み上げていくもんなんよ。
無理しすぎは長続きせーへんよ。これから一生商売やっていくんやろ。
無理して、事故起こしたら何にもならんよ。」
私は三年で大阪商人の商売のやり方を身に着けて山形に帰る事ばかり考えていました。
三年で五年分の仕事をして会社に恩返しをして、胸を張って山形に帰りたいと思っていました。
その気持ちがつい無茶なペースでやりすぎていたようでした。
三年と半年の内に会社の車を二台廃車にしてしまいました。
いくら働いても恩返しにならない位の損害を与えてしまいました。
私は自分が運転に向かない人間なのかなぁと本気で悩んで、
運転するのが怖くなってしまうくらいでした。
2009年01月05日
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